about

焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

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追いかけてくる

昔、怖い夢をよく見た。度々見るので眠るのが恐ろしく、小学生の時から慢性的な寝不足であった。あれこれ思い出したくもないようなことが暗闇に投影されるのも寝つきや夢見を悪くした。時をザクザクと削り取ってゆく針時計の音もまた耐え難く、眠らなければと急き立てられ緊迫すればするほどに目はいっそう冴えてしまうのであった。

特に追いかけられる夢との付き合いは長く、5,6歳の頃にはすでに繰り返し遭遇しており、銃を持った男に目が醒めるまでよく追い回された。何度繰り返し見ても、夢の中ではいつもそれが夢だと気づくことができなかったので、毎度死に物狂いで逃げ、懸命に生き延びようとした。その男がどんな容姿なのか印象は朧げだったが、遠目に伺える姿から、背の高い男だということだけはわかる。舞台はだいたい家の中やその近所、あるいは学校、あるいは知らぬ土地で、息を切らして逃げ回る。実家だと、寝巻きに裸足の格好で二階から屋根伝いで抜け出し、駅のある方向へ駆けるのがおきまりである。学校であれば校舎の廊下を走ったり教室に隠れたりして、知らぬ街であれば土地勘がない恐怖も上乗せになり、半狂乱で走りまくった。登場するのはほとんどの場合私とその男だけで、人気はおろか生き物の気配すらなく、世界は静寂である。稀に学校の友達が登場することもあったが、そのうち皆逸(はぐ)れてばらばらになり、最後は決まって私一人きりになった。撃ち殺されて終わることもあれば、バラバラに切り刻まれた自分の肉体が無残に転がっているのを床面から眺めていることもあったし、殺されるすんでのところで終わることもあった。

高校生くらいになると、ああ、またこれかと、不快ではあるものの受け流すことを覚え始めていた傍、なぜ同じような夢ばかり見るのかと夢占いの本で調べてみたりもした。時間に追われて焦っている、精神的に追い詰められている、現実から逃げている、などとどれにも似たようなことが書いてあり、思い当たる節はないかと改善を試みたが、何をやっても遭遇してしまうのだからなすすべがなかった。

だが大学生になってから、この切迫の正体を暴き、対面する機会を得た。詳細はこの場では語らぬが、当時からの家庭内の不和がこの夢を引き起こす要因であった。心の奥底で長い間激しい感情を抱き続けてきた人物に胸中を告白した。告白というより、嘔吐であった。子供の頃から日々胃に滞留し、ゆきどころがないまま腐ったものが、ズルリズルリと次から次へと口から流れでてきた。言葉とは不思議なもので、感情を孕むと膨張するのか、吐き出すごとに凄まじくエネルギーが要ったのだが、ここで半端に力尽きてしまうと後悔すると思い、からになるまでひたすら吐いた。吐き終わる時、耳の奥で薄い硝子が砕け散るような音を聞いた気がする。魂が抜けると体重が減るというが、体が軽くなったように感じられ、胸の詰まったような感覚が和らぎ、いつもより大きく息が吸えることに気づいた。その晩、私はよく眠ることができた。

しばらくして、また追いかけられる夢を見た。ところが、これが今までのものと明らかに異なるのだった。場所は幼稚園の運動場で、私が昔通っていたところによく似ていた。天気がよく、あたりは眩しいくらいに光に満ちていた。出会った時期がまちまちの友人が5、6人いて、私は彼らと一緒に楽しげに遊んでいる。するとどこからともなく、ゆらり、ゆらり、と、一反木綿のような姿の、白い紙でできた女が現れた。地面から数十センチ浮いた、今にも風に吹き飛ばされそうな紙の女は、上下左右に振れながらゆっくりこちらに近づいてくる。私も周りの友人もその姿を見て、なんと大笑いするのである。

そして、鬼ごっこよろしく、みんな一斉に「にっげろー!」と声をあげて駆け出した。夢は、そこで終わりである。

例の男に追いかけられる夢はすっかり見なくなった。これまでの睡眠を取り戻すように、夜はよく眠れている。

紙の女にも、会うことはなさそうである。