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焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

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塀の水跡

自宅から最寄り駅までつづく道すがらにあるコンクリート塀には、排水用の穴があちこちにあいている。どの穴からもコンクリートの細かい凹凸を不規則に這う水の白い筋が裾を広げるようにして枝分かれし、その全体の様相が「何か」に見えなくもないのだが、その「何か」が何なのかを摑みきれずにいた。
先日思いあたったのが、葛飾北斎の滝の絵だ。美術や歴史の教科書によく載っている富嶽三十六景ならびに富嶽百景は彼の代表作だが、諸国滝廻りと題した全八図の滝の絵の連作もまた傑作で、『下野黒髪山きりふりの滝』『木曾路ノ奥阿弥陀の滝』の二点が件の水跡のイメージに近いと思われた。ところがあらためて調べてみると、これがまあ、たいして、似ていない。北斎画の簡略・抽象化された線や色彩に集約された「複雑」を、あの水跡が思い起こさせたのだ、ということにしておく。