about

焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

012

本はお好きですか

あのぅ、本はお好きですか。

電車で横に座っていた七十くらいの男に声を掛けられた。何かの勧誘かと身構えたが、子供のように笑む男の丸い瞳の、白く濁った角膜に輪郭を溶かされた蛍光灯の光どもに警戒心は砕かれた。その瞳に見入っていると、男の、いっぱい読んでください、という一言が遅れて頭に落ちてきた。

神田で三十年以上本屋を営んでいるという。以前は伯父のものだった店を継いだらしい。電子化で紙の本が売れない時代、分厚い本を膝に抱る若者の姿を喜ばしく思ったようで、私が本を鞄に仕舞ってから話掛けてきたのは、読書の邪魔をせぬよう彼なりに気を遣ってのことだろう。

男は再度、いっぱい読んでください、と残し、扉が開くとすぐ人混みへ消えた。先日の初詣で、今年は沢山本を読みますと神さまに宣言した矢先のことであった。