about

焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

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密なる椅子

かつて大学のアトリエに置いていた、黒鳶色の円い座面と背凭れのある折りたたみ式のパイプ椅子は、当時住んでいた自宅近くのホームセンターで買ったものである。壁に絵を掛けて立ったまま描くことが多く、座るのは小憩のひと時だけで、大学を出てからの数年間は押入れにあったこの椅子が、引越しの際に問題となった。不要な家具を処分するなか、この椅子だけは手放すのを躊躇われた。使わない椅子になぜそこまで執着するのかとSは呆れ、不思議がった。驚くことに、私は泣いた。それから椅子についてSに語るに至ったのだが、この椅子にまつわる出来事や光景が、さも椅子が見てきたかのような視点で鮮明かつ詳らかに、目処なく湧き出すのだった。座る、凭れる、といった肉体的な距離の近さがそのような情や錯覚を惹起したのかもしれない。一頻り喋ると憑き物が落ちたように爽快になり、後日リサイクルショップに出すと、椅子は数百円の値で売れた。