about

焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

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抜歯

左上のいちばん奥に生えた親知らずが下の歯茎を圧迫し、咀嚼するときに痛みを感じるようになったのはここ数日のことである。

医者曰く、抜歯のほかに削るという選択肢もあるが、上下で噛み合わさる歯がなければいずれまた伸びてくるのできりがないのだという。もとより抜くほうを想定していたので抵抗はなく、初診だがすぐ施術してもらうことにした。数回に分けて麻酔が打たれると、左側の舌と歯茎がしだいにぼってりと重くなり、痛みはないが熱を帯びたように感じられた。麻酔の効き具合のテストとして強めに歯が削られると、頭が激しく振動して驚く。抜歯に取りかかると、めきめきと軋む音が顎から伝わった。錐(きり)のようなもので歯を持ち上げているらしく、今まさに体の一部が力ずくで摘出されようとしている事態をあらためて不思議に思うのだった。飴が砕けるような音がして、医者の男が「割れたか」と漏らすと受付の助手が飛んできて、手早く破片を機材で吸い取ったあとは二人掛かりで作業を続けた。痛覚のないまま、親知らずは抜けた。

歯があった場所には一旦綿が詰められ、再びレントゲンを撮った。割れた歯がわずかに根元に残ったが問題はないらしい。軽く注意事項を受け、そのまま二、三十分は安静にするよう指示が出された。椅子にかけて暇を持て余していると「抜いた歯は持って帰りますか」と助手の女が訊いてきた。実はこれを楽しみにしていた。手渡された小さなジップロックの中の歯はごろりとした臼状で、根元には鮮やかに赤い血に塗れた肉片がついていた。

家に帰ってから、こびりついた肉片や膜を取り除いてみたところ、歯茎より外か内かで色や光沢の具合が随分異なることや、掌に乗せると案外重みがあるのを知った。生えてきた場所が悪かったばかりに不要なものとして取り除かれたが、汚れのない、いたって綺麗な歯であった。

恐る恐る舌先を這わせると、親知らずがあった場所にはぽっかりと空間ができ、代わりにぬるい血だまりができていた。その感覚が不慣れて、何もないところを舌が彷徨う。僅かな接触で崩壊しそうなまだ固まりきっていない瘡蓋(かさぶた)は、舐めると濃い鉄の味がした。