about

焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

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なにそば

先日旅行先で立ち寄った蕎麦屋で蕎麦を注文しようとした時、壁に並んだ品書きを見て「かけ」「もり」「ざる」の違いがよくわかっていないことに気づいた。普段あまり外食をしないので、わざわざ蕎麦屋にきて蕎麦を食べる機会などそうそうないわけだが、学生の頃は学生食堂、今では職場の食堂でどんぶりに入った温かい蕎麦を頻繁に食べているので、二十数年間これらの違いを知らぬまま漠然と「そば」と名のついたものを注文していたことになる。私の向かいに座っていたSも同様に、自分が食っているものがどういう蕎麦なのか疑問を持つ機会を悉く逃してきたらしい。文字だらけの品書き看板には写真がひとつもないし、腹は減っていて、調べるのが面倒だったので、注文をとりにきた店員に「あったかいやつってどれですか」と間抜けなことを訊くと、一覧を指差して「あそこからあそこまでが冷たいやつです」とこちらも負けないくらいに大雑把に打ち返してきた。温かいか冷たいかがわかれば今日のところは問題ないので蕎麦についての議論は終了し、話題は旅の道中の諸々へと移ろっていく。二人揃ってまたもやこれを詳らかにする機会を失った。

さて、年越しである。私は大晦日という日が一年で最も好きな日で、日々が一年という単位に集約されて終わってゆくのも、達成感と後悔を経て心新たに前向きな目標を掲げる高揚感も、穢れが洗い流されてゆくような清々しい感覚も好きである。新しい一年の始まりは、良き緊張感を湧き起こさせ、晴れ晴れした気持ちにさせてくれる。

蕎麦の話に戻る。今でこそ私は蕎麦を平気で食べるのだが、実家にいた頃はそうでもなかった。父が蕎麦アレルギーだったので、蕎麦が食卓に並ぶこともなければ店で注文することもほとんどなかった。アレルギーだったので、というのは彼がすでに他界しているからで、今となっては蕎麦アレルギーの人間は家族に誰もいない。父の生前はなんとなく蕎麦を食べることに抵抗があって(若き日の父が強いアレルギー反応で死にかけたという話を祖母から聞いていたため傍で食べることが恐ろしかった)、年越しはいつもうどんで、蕎麦を食べても美味いと感じたことがなかった。

今は、蕎麦を食ったところで父が引っかかることもない。昨年は今の住まいに越してきたばかりだったので、土地勘を得ることを兼ねて近所の店で年越し蕎麦を食べたのだが、今年はSが会社の付き合いで生蕎麦をもらい、家で食べることになった。そこでようやくあの、「かけ」「もり」「ざる」の違いを確かめる機会を得たのであった。私がしょっちゅう食べている温かいのは、かけ。これから食べようとしているのも、かけ。そして、もり、と、ざる、の違いは、昨今では蕎麦の上に海苔が乗っているか否か、ただそれだけの違いらしい。なあんだ、たったのそれだけの違いか、と思うと、すり抜けてきてしまっても不思議ではない。知らない、ということはたまたま詳細を明らかにしなくてはならない事態に直面しなかったり、遭遇したことにさえ気づかないくらい取るに足らないことと思われたために意識から流れていったことによる結果であるので、なんら恥ずべきことでもないのだが、やはり毎回あれはどういうことなのだろうとぼんやりとでも気がかりなままにしておくのはいかがなものかと思うので、まあ、よかった。曖昧だったことを一つ片付けて、年が越せる。