about

焼け残った記憶を拾い、花を手向け弔う。その過程で生まれでたある一つの結論、ある一つの完成のかたちが、絵画だったり、物語だったりする。2017.12.18 マツウラミオ

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光と風のある場所から

キッチンの窓を開けると、突き当たりの書斎まで勢いよく風が流れこんできた。風は部屋で四散して紙やビニールなど軽いものを浮かせたりはためかせたりしていたが、書斎の掃出し窓を開けると、透明の龍か大蛇の胴のように一筋になって外へ吹き抜けた。

その風にあてられてか、無性に外へ出たくなった。今朝スーパーへ行ったばかりだが、人の集わないうちに用を済ませねばと行きも帰りもそそくさした。これが数日ぶりのまともな外出である。流行りの病が蔓延してからは、籠の中の鳥のように自宅で大人しく過ごしている。昼下がり、このご時世に用もなくぶらつくのを憚られて二の足を踏んでいると、非常用の外階段が思い浮かんだ。

エレベーターのすぐ脇に非常用の外階段へ出る鉄扉があるが、5階の自宅を行き来するのにわざわざ階段を使うことはなく、この扉の前に立つのも久しい。最後に開けたのは初日の出を見に行った時である。風圧で重さの増した扉を肩で押し開けると、重い風が直接ぶつかってきた。光は燦々として瞳孔が追いつけず、眩しい。風は耳の渦で轟いている。胸の高さの細い鉄柵はほとんど遮ることなく光や風を通すので、今日のような風の強い日は不意に煽られると蹌踉めく。屋上は施錠されているがその手前まで上ることができるので、景色を楽しむには十分である。たかだか7階建の高さだが、近辺に高い建物がなく、冬の空気が澄んだ日には富士山が望めるほど遠方まで見晴らせる。

光を受けた建物は皆眩ゆく、しぜんと目が細くなる。何度かここへ来た時と相変わらず、建物の高さも屋根の色も雑多で無秩序な住宅ばかりの、ごくありふれた風景が広がっている。だが目で捉えられずとも、人間の営み、日常というものに疑いなくあててきた基準に甚大な変化や瓦解が生じ、名付けるにはあまりに複雑すぎる感情が数多の人の胸に吹き荒れているのを知っている。生きることを成り立たせる諸々が陰りゆくなか、息を吸い、肺が膨らみ、吐き出すと萎む、その日常が日の出とともに−−−できるだけ長く続くことを祈っている。